2014年4月16日水曜日

舛添都知事の訪中とフランスの意向。

http://surouninja.blogspot.com/2014/04/pro-france-tokyo-governer-to-be-going-to-visit-to-china.html
舛添要一東京都知事が今月24日(2014年4月24日)から二日間、中国北京市を訪問するとのことである。

<舛添都知事>中国・北京市を訪問へ 王安順市長と会談

毎日新聞社 2014年4月15日 19時08分 (2014年4月15日 20時09分 更新)
http://www.excite.co.jp/News/politics_g/20140415/Mainichi_20140416k0000m010050000c.html

 東京都の舛添要一知事は24〜26日、友好都市である中国の北京市を訪問し、王安順市長と会談する。15日、臨時記者会見を開いて明らかにした。微小粒子状物質「PM2.5」による大気汚染問題への技術協力や、2020年東京五輪・パラリンピックなどに関し意見交換する。

 都によると、北京市長の招待で訪中するのは1996年の青島幸男知事以来18年ぶり。舛添知事は北京五輪(08年)を念頭に「経験から学びたい」と強調。

舛添要一という政治家の属性は、鳩山由紀夫のそれに近いため、彼がこの訪中で中共政権に余計な約束をして日本の国益を損なうような真似をやらかすのではないか、と少し警戒している。

舛添要一
・1991年北海道知事選挙における自民党からの立候補が盛んに報じられ、本人も別荘を所有する白老町に住民票を移すなど出馬準備を進めたが(白老町を含む北海道第4区_(中選挙区)<現在の北海道9区に該当>選出だった自身の友人鳩山由紀夫から自民党道連を紹介された)、事前調査で革新系現職横路孝弘との圧倒的な差を見て、出馬を辞退した。
・尊敬する政治家は野中広務と青木幹雄である(舛添は当選以来無派閥)。先述のように党の政策部会への出席率は高く、野中からは「自民党議員は舛添さんを見習うべき」と評された。現実に野中らは03年自民党総裁選の際、反小泉の統一候補として舛添擁立を真剣に考えていたとされる。
政治学者

1971年7月、東京大学法学部助手に採用されヨーロッパ政治史を専攻した。東大では篠原一、岡義達らの指導を受けたが、間もなく渡仏。蔵書資料や指導教官など東大の研究環境の悪さに辟易しての決断だったが、当時、助手の身分での留学は異例で始末書まで書かされた[4]。日仏学院、グルノーブル大学にてフランス語研修を受けた後、パリ大学現代国際関係史研究所客員研究員、国際研究大学院(HEI)研究員としてフランス外交史の研究を行った(主に戦間期フランスの安全保障政策の研究)。1979年に東京大学教養学部助教授に就任(政治学)。フランスを初めとする欧州の政治・外交・安全保障に関する研究を専門とし、国際関係論などを講じていた。
(参考:舛添要一 - Wikipedia)

類い稀な男性的魅力を持つ舛添要一氏 結婚3回で子供は5人

NEWS ポストセブン 1月15日(水)7時5分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140115-00000001-pseven-soci

 首都の顔を決める都知事選挙。有力候補の一人と見られているのが無所属での出馬を表明した舛添要一・元厚労相(65)だ。実は舛添氏、類い稀な男性的魅力を持っているようで、「永田町イチの艶福家」として知られているのだ。

 舛添氏の最初の結婚は1978年、相手はフランス人女性だった。出会いは、舛添氏が東大法学部政治学科を卒業後、パリ大学研究所やジュネーブ高等国際問題研究所の研究員を歴任したヨーロッパ留学中のことだった。帰国後の1979年、舛添氏は31歳の若さで東大教養学部の助教授に就任。だが、プライベートも順風満帆とはいかず、1981年に破局を迎えている。

フランス大使が舛添要一知事を表敬

2014.2.27 19:16
http://sankei.jp.msn.com/region/news/140227/tky14022719160000-n1.htm

 東京都知事就任を祝うため、クリスチャン・マセ駐日フランス大使が27日、東京都庁に舛添要一知事を訪ね、仏外務相やパリ市長の就任祝いの手紙を手渡した。

 舛添知事は冒頭、仏語であいさつ。1970年代にパリ大学に留学していた経験から「フランスは第二の祖国」とした上で、「2020年の東京五輪を前に東京を大改造し、パリのシャンゼリゼ通りのようなすばらしい通りをつくりたい」と話した。

舛添氏の経歴から推察するに、彼はおそらくフランス政権の傀儡なのではないかと思われる。彼が割と“革新寄り”なのは、これまでのフランス政権の意向がそのまま彼に反映されていたからだろう。

とはいえ、最近はフランスも空気を読み始めている。

参考:
2014年1月15日水曜日
フランス社会党政権が自由主義路線へ転換。
2014年1月11日土曜日
フランスのためのコートジボワール人道支援。
2014年1月10日金曜日
中国包囲網に加わるフランス。

もしフランス政権が本当に舛添氏を巧くコントロールできているのだとすれば、彼は次の訪中で中共政権に対し、“日本への譲歩”を促すのかも知れない。むしろ彼の訪中の目的がそれであることを期待したいところである。

そういえば、ここ数日間で中国系メディアが手のひらを返したように日本をべた褒めしたり、自国(中国)を省みるようなニュースを垂れ流し始めたようだが、この動きは、舛添氏の訪中やGWに予定されている親中派議員団の訪中などとも何か関係があるのだろうか。

参考:
2014年4月15日火曜日
日中友好議員連盟:超党派の親中派議員団がGWに訪中へ。

まぁいずれにしても、大陸で中共政権が幅を利かせているうちは、日本も中国に対して安易に譲歩する姿勢を見せるべきではないだろう。特定アジアの全体主義者たちをそう簡単に信用すべきではあるまい。

日本が大陸に積極的に関与すべきタイミングは今ではなく、中共政権が事実上崩壊し中国が分裂し始めてからにすべきである。

参考:
2014年4月11日金曜日
北朝鮮:拉致問題解決と半島統一。