2014年1月7日火曜日

都知事選:イエズス会で起死回生を狙う民主党。

https://surouninja.blogspot.com/2014/01/japan-democrats-rely-on-the-society-of-jesus-in-tokyo-governer-election-2014.html?m=0
来月9日(2014年2月9日)投開票を予定している都知事選挙で、民主党が細川護煕元首相に出馬を打診していることが分かったとのことである。

民主、細川元首相に出馬打診=本人は固辞―都知事選

時事通信 1月6日(月)22時46分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140106-00000125-jij-pol

 民主党が東京都知事選(23日告示、2月9日投開票)をめぐり、細川護煕元首相に出馬を打診していたことが6日、分かった。ただ、同党関係者は「本人は固辞している」と話しており、細川氏の擁立は難航するとみられる。
 同党都連は、都知事選の候補者選定に当たり、少子高齢化対策の推進など6項目の基準を設けている。党内には舛添要一元厚生労働相が基準を満たしているとの意見があるが、都連幹部らは舛添氏以外にも候補者がいないか模索を続けてきた。

細川護煕 - Wikipedia

生い立ち

関ヶ原の戦いなどで活躍した戦国大名・細川忠興の子孫で、旧熊本藩主細川家第17代当主・細川護貞と、近衛文麿元内閣総理大臣の娘である温子との間の長男として東京府東京市(現在の東京都千代田区)に生まれる(本籍地は熊本県熊本市)。

清泉女学院小学校から栄光学園中学校、学習院高等科卒業。学習院高等科での同級生に菅孝行がいる。大学入試では京都大学を受験するが失敗。一浪して再び京大を受験するがまたも失敗し、上智大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。鹿児島支局では鹿児島県警察記者室に入っていたが、ある時記者室で財布を無くしたことがあった。「当時の金銭感覚では考えられない大金」だったが、細川は「財布は買い直せば良い」という表情だった」という[1]。その後本社に戻って社会部記者となり、金嬉老事件などを取材した。
さらに1998年1月には、旧民主党、新党友愛、太陽党、国民の声、民主改革連合とともに野党共闘を目指す勢力として院内会派「民主友愛太陽国民連合(民友連)」を結成。それからまもなく同じ民友連を構成する羽田孜らの太陽党、国民の声との三党合併により民政党を結成。その後も、新進党解党後の二大政党の一翼を担いうる新党の結成を目指し、旧民主党、新党友愛、民主改革連合との新党設立を協議する政権戦略会議の議長を務める。協議は難航したが、4月、「民主党」の名称を受け入れることでとりまとめ、面目を保った。
2005年郵政解散直後のインタビューで、沈黙を破って時評を行い「私は議員在任中は中国との軋轢を避けるため一度も靖国参拝していない」「郵政解散は政治的空白を作る」「小泉君はアメリカのいいなりだ。私は決していいなりにはならなかった」などの批判を行う一方でリーダーシップそのものは評価するとも語った。
福島第一原子力発電所事故後は、保守の立場から脱原発を主張している。
家族・親族

本姓は源氏。家系は清和源氏の一家系 河内源氏の棟梁 鎮守府将軍源義家の子 源義国を祖とする足利氏の支流 細川氏の一門・細川奥州家の流れを汲む肥後細川家の当主。明治期に侯爵家となった。外祖父は五摂家筆頭で第二次世界大戦前に首相を3度勤めた公爵・近衞文麿。父の細川護貞は、近衞文麿内閣で内閣総理大臣秘書官を務めた。また日本ゴルフ協会会長を務めていた。弟に日本赤十字社社長で近衞家を継いだ近衞忠煇がいる。
また、遠い親戚に細川隆一郎(細川忠隆〔=細川忠興の嫡男だが後に廃嫡〕の子孫)がいる。戦国時代末期の大名として知られる細川忠興(細川輝経の養子で細川藤孝の実子)・ガラシャ(明智光秀の子)夫妻が祖先。(男系では上記忠隆系のみが明智家と血が繋がっており、肥後藩主系では途中他家養子が入っている)。
同じく内閣総理大臣を務めた麻生太郎とは、皇族の三笠宮家を通じて間接的な血縁関係にある(麻生の妹は寬仁親王妃信子であり、実弟忠煇の妻で降嫁した近衞甯子の義妹にあたる)。

栄光学園中学校・高等学校 - Wikipedia

カトリック修道会の一つであるイエズス会を教育母体とするミッションスクールである。

当校の指す「栄光」はOMNIA AD MAIOREM DEI GLORIAM(すべてはより大いなる神の栄光のために)というイエズス会の標語から来ている。
沿革

1947年(昭和22年) - 米軍から要請を受けたイエズス会により神奈川県横須賀市田浦の長浦港、旧海軍工廠跡地に創立。

上智大学文学部歴史科科長のドイツ人神父グスタフ・フォス師を校長に、旧制の栄光中学校(5年制)として中学1年生72名でスタートし(現在では1学年180人、1クラス45人の6学年)、その年の内に新制3年制の中学校として認可された。

1949年(昭和24年) - 栄光学園中学校と改称、高等学校の設立認可を得て、中高一貫校となった。
1957年(昭和32年) - 財団法人上智大学より独立し、学校法人栄光学園となる。
1964年(昭和39年) - 校地が海上自衛隊横須賀基地となるのを期に、広大な敷地を求め、約111000m²の現在地に移転。

旧田浦校地は現在、自衛艦隊司令部となっている。

細川ガラシャ - Wikipedia

細川 ガラシャ(伽羅奢、迦羅奢)[1] / 明智 珠(明智 玉)(ほそかわ ガラシャ / あけち たま、永禄6年(1563年) - 慶長5年7月17日(1600年8月25日))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての女性。明智光秀の三女で細川忠興の正室。諱は「たま」(珠、玉)または玉子(たまこ)。キリスト教信徒(キリシタン)として有名。
キリシタンへ

天正12年(1584年)3月、信長の死後に覇権を握った羽柴秀吉の取り成しもあって、忠興は珠を細川家の大坂屋敷に戻し、厳しく監視した[2]。この年に興秋が生まれている。それまでは出家した舅・藤孝とともに禅宗を信仰していた珠だったが、忠興が高山右近から聞いたカトリックの話をすると、その教えに心を魅かれていった。もっとも忠興の前ではそ知らぬ風を装っていた。
、大坂に滞在していたイエズス会士グレゴリオ・デ・セスペデス神父の計らいで、自邸でマリアから密かに洗礼を受け、ガラシャ(Gratia、ラテン語で恩寵・神の恵みの意。ただしラテン語名に関して、ローマ・バチカン式発音により近い片仮名表記は「グラツィア」)という洗礼名を受けた。

総務省(旧自治省)が所管し、みずほ(旧第一勧銀)が独占する「宝くじ」。

戦時中、戦争を煽った隣組は何故、町内会(自治会)と看板を掛け替えて表向きだけの任意団体として存続しているのか。

戦時中、戦争に反対する者達を非国民扱いして若者の特攻を美化した隣組が、今は何故、町内会として「がんばろう、助け合い、絆」を叫ぶのか。

総務省(旧自治省)が事実上支配する町内会が何故、市民に赤十字の募金を集金させるのか。

皇室のカトリック(皇后、秋篠宮)が何故、赤十字の名誉総裁などを務めているのか。

参考:みずほ銀行:金融庁から業務改善命令。TPP締結前に反社勢力を大掃除か。2013年9月30日月曜日

最早死に体の民主党は、藁にもすがる思いで、カルト票による都政収奪と起死回生を企んでいるようである。

一方、自民党や民主党の一部では、舛添要一氏を擁立しようとする動きもあるようだが、舛添氏の政治家デビューに鳩山由紀夫氏が関与していることからも分かる通り、今回の細川護煕氏と系統的には何ら変わらないと見ている。

来月の都知事選に向けて、グローバリスト勢力とバチカン勢力は、互いに候補者を出し合って票を割るのか、それとも共闘して一本化するのか。この選択によって都知事選の行方は大きく変わってくるだろう。とは言え、宇都宮健児氏が出馬表明していることから、グローバリスト票(反米・親共票)は既に割れざるを得なくなっているわけだが。

このことから、都知事選出馬の意向を表明している田母神俊雄氏は、次の都知事選で相当有利になるのではないかと見ている。親米派の田母神氏は、反米勢力ばかりが目立つ都知事選候補者の中では貴重な存在である。

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