2014年1月22日水曜日

都知事選:出馬表明した若きIT起業家。

https://surouninja.blogspot.com/2014/01/kazuma-ieiri-the-young-entrepreneur-who-decided-to-run-for-tokyo-governor-election-2014.html
若きIT起業家の家入真一氏が、来月投開票(2014年2月9日)の東京都知事選に出馬することを表明したとのことである。

家入一真氏が都知事選出馬へ ホリエモンが供託金を支援

The Huffignton Post 2014年01月22日 12時52分 JST

1月23日に告示を控えた東京都知事選に、起業家の家入一真氏(35)が出馬を表明している。22日午後には都庁(新宿区)で会見を開く。家入氏はネット事業者のpaperboy&co.(現GMOペパボ株式会社)創業者として知られ、JASDAQに最年少社長として上場。この他、数々のサービスやプロジェクトを立ち上げるなど、ネットユーザーの間で人気が高い。家入氏の出馬について、ライブドア元代表取締役社長の堀江貴文氏が支持を表明しており、供託金も支援したとTwitterで明らかにしている。以下、Twitter上で家入氏出馬への流れを追う。
堀江氏やロンドンブーツ1号2号の田村淳氏が応援ツイートを送っていた。

家入真一氏の出馬を堀江貴文氏と吉本興業の芸人が応援というのも、何とも白々しい展開である。

「実話」尖閣を中国に売ろうとした吉本興行

ひとりごと 2012年9月2日日曜日
http://hitorigoto-kokoro.blogspot.jp/2012/09/blog-post_8036.html

家入一真 - Wikipedia

家入 一真(いえいり かずま、1978年12月28日 - )は、日本の実業家であり、株式会社paperboy&co.創業者。福岡県出身。
paperboy&co. - Wikipedia

東京都渋谷区桜丘町に本社、福岡県福岡市中央区に支社を置くインターネット関連サービスを提供する会社である。レンタルサーバーのロリポップ!やブログサービスのJUGEMなどを提供しており、愛称はペパボ。創業者は家入一真である。
2004年(平成16年)3月2日 - GMO(現GMOインターネット)を対象として第三者割当増資、同社の連結子会社へ。株式会社へ組織変更。
2014年(平成25年)4月1日 - GMOペパボ株式会社へ商号変更(予定)。
役員構成

取締役会長 熊谷正寿
代表取締役社長 佐藤健太郎
常務取締役 吉田健吾
取締役 久保田文之、進浩人、河添理、神谷アントニオ、西山裕之、伊藤正
常勤監査役 金治昭
監査役 安田昌史、増田要

熊谷正寿 - Wikipedia

熊谷 正寿(くまがい まさとし、1963年7月17日 - )は日本の経営者。GMOインターネットの代表取締役会長兼社長
実父は神楽坂を中心に不動産、飲食店、パチンコ、アミューズメントを営む熊谷興業の創業者(同社の現・社長は異母弟の熊谷誠)。同社が1992年から2003年まで営業していたディスコのツインスターはパラパラと呼ばれ流行したダンススタイルの発祥地とされる。
略歴

1991年5月 - 株式会社ボイスメディア設立、ダイヤルQ2出会い系コンテンツの配信と専用機器の販売をしていた。全国規模で展開し、各地にはパソコン通信やプロバイダーのアクセスポイントに似たアクセス拠点となるテレホンセンターを設置していた。

あの熊谷GMO会長が骨肉の遺産争い

2010年12月号 DEEP
https://facta.co.jp/article/201012028.html

熊谷正寿氏とほかの兄弟2人(康一、誠の各氏)との間で遺産争いが起きたのは一昨年のことである。父親の新氏がその年5月に89歳で死去、12月になって公正証書遺言が開封されたところ、正寿氏にとっては不本意な内容だったようだ。

新氏は1957年に「熊谷興業」を設立、東京・神楽坂を地盤にパチンコ店やディスコ、映画館などを経営した。実は新氏が40代でもうけた3人の息子の母親はすべて異なる。新氏は66~71年、まだ幼かった3人を認知、生年月日の順に養子縁組し、籍に入れている。長男・康一、二男・正寿、三男・誠の各氏は成人すると、熊谷興業に入社した。國學院高校を中退した正寿氏が入社したのは81年のことである。


時価総額を極大化する

それでも僕は日本を選ぶ 2012-10-07
http://d.hatena.ne.jp/ezoj/20121007/1349613689

光通信の投資は人脈が基本だ。重田リキッドオーディオージャパンのオーナー、黒木正博や社長(当時)の大神田正文と「一度もあったことがない」と言っているが、本当にそうなのか?「有価証券報告書」を見ると、黒木と関係の深いスーパーステージやニューホライズンージャパンの株式を保有していることが分かる

大神田正文 - Wikipedia

大神田 正文(おおかんだ まさふみ、1968年9月12日 - )は、日本の起業家。山梨県出身。マザーズ第1号として上場していた暴力団のフロント企業、リキッド・オーディオ・ジャパン(LAJ)元社長。

堀江貴文三木谷浩史藤田晋折口雅博と共に「5人の若手起業家」の1人として知られていた。
、1999年11月にリキッド・オーディオ・ジャパン社長に就任。2000年のマザーズ上場記念パーティーは5000万円をかけ、浜崎あゆみ、小室哲哉、モーニング娘。、つんく、伊秩弘将、藤原紀香、鈴木あみ、SPEED、ラモス瑠偉、岡野雅行らが出演し、テレビ局やレコード会社などの大手メディアは祝辞を寄せた。
指定暴力団・六代目山口組の2次団体後藤組のフロント企業、自動車販売業者パパイノエールに総務部長の肩書で勤務していた事も明らかになる。

光通信(企業) - Wikipedia

当時から最近に至る主な投資先は、インターキュー(現:GMOインターネット)、ウェブクルー、クレイフィッシュ(現:e-まちタウン)、サイバーエージェント、ジャック(現:カーチスホールディングス)、スカイパーフェクトコミュニケーションズ、インテリジェンス、スカイマークエアラインズ(現:スカイマーク)、メンバーズ、Eストアー、ウェブマネー、一休などがある

ニューディール (企業) - Wikipedia

関係する人物 大神田正文黒木正博

1999年12月22日にインターネット総合研究所(IRI)と共に東証マザーズ上場第1号企業として上場した。しかし、後に上場廃止
2000年1月31日 - 上場記念パーティーを開催。浜崎あゆみ、鈴木あみ、小室哲哉ら豪華メンバーによるライブが話題となる

小室哲哉 - Wikipedia

吉本興業へ移籍
2001年1月にソニー・ミュージックエンタテインメントとの専属プロデューサー契約を解除し、前受の報酬金(印税)18億円を返還。
小室が株式の大半を握っていたRojam社が香港株式市場(H株GEM)に上場。factoryorumokを清算後、マネジメント契約をアンティノスマネジメントから吉本興業所属に移す。
2002年3月にASAMIと僅か10ヶ月でスピード離婚(実子あり)。5月には吉本興業が設立したアール・アンド・シー・ジャパン(現:よしもとアール・アンド・シー)の株式70%強をRojamが買収し、吉本との関係を強化した。

読んだ本から〜株式市場の黒幕とヤクザマネー ver1.1

日本プロファイル研究所 2013/12/06
http://timetide.way-nifty.com/jprofile/2013/12/post-1907.html

「株式市場の黒幕とヤクザマネー」松本弘樹著

イー・トレード証券の立ち上げに関わり、西田晴夫とつきあいがあった著者。
そんな書から「ここは!」と思った箇所を抜粋してみました。

リキッド上場後、社長の大神田が逮捕されたことで「闇」の部分がクローズアップされるが、背景にはこうした経緯があったのだ。ちなみに、黒木に大神田を紹介したのは、船井総合研究所の創業者、船井幸雄だと聞いている。(151P)

経営コンサルタント・船井幸雄氏が死去 船井総研創業者
J-CASTニュース 2014/1/21 12:57
http://www.j-cast.com/2014/01/21194615.html

経営コンサルタントで船井総合研究所の創業者である船井幸雄氏が亡くなった。J-CASTニュースの取材に対して船井総合研究所が「事実」と認めた。81歳だった。詳細は23日に公表するという。

船井幸雄の最新刊『2009年 資本主義大崩壊!』編集者が語る

2009年 ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/3897

 これまで船井幸雄氏は「人間のエゴに立脚した資本主義は崩れざるを得ないはずだ」と、アングロサクソン型の資本主義システムに警鐘を鳴らし続けてきました。

絶妙なタイミングで死去した親中共・反米カルトの大御所。彼は何かを墓場まで持っていったのか。

ところで、ニューディールと言えば、米民主党大統領の“ニューディール政策”である。一般人ならこちらを先に思い浮かべるだろう。

ニューディール政策 - Wikipedia

ニューディール政策(ニューディールせいさく、New Deal)は、アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトが世界恐慌を克服するために行った一連の経済政策である。

フランクリン・ルーズベルト - Wikipedia

民主党出身の第32代大統領(1933年 - 1945年)。
世界恐慌、第二次世界大戦時のアメリカ大統領であり、20世紀前半の国際政治における中心人物の1人。ルーズベルトのニューディール政策と第二次世界大戦への参戦による戦時経済はアメリカ合衆国経済を世界恐慌のどん底から回復させたと評価される。
ソビエト連邦の独裁者ヨシフ・スターリンに対する容共的な姿勢を取り、その侵略行為を黙認したことは後に批判の対象となった。中国に対しては日中戦争の際に蒋介石を強く支持し莫大な軍事費の借款を行っていた中国びいきと言われた。

こうして俯瞰してみると浮かび上がってくるものがあるだろう。大陸と繋がるヤクザが跳梁跋扈した、日本のITバブルとは一体何だったのか。

あの時蠢動した連中が、今のITバブルで再び息を吹き返してきたのか、それとも地政学的な変化に炙り出されてきただけなのか。今後の公安当局の活躍に期待したいところである。



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