2013年7月18日木曜日

みかじめ料を巡り飲食店経営者が山口組トップの篠田建市(通称・司忍)と傘下組長を提訴。日本史上初めてとのことだが。

https://surouninja.blogspot.com/2013/07/blog-post_18.html?m=0
暴力団にみかじめ料を払っていた飲食店経営者が一昨日(2013年7月16日)、山口組トップの篠田建市(通称・司忍)組長と傘下暴力団組長を相手取り、過去に支払ったみかじめ料等の賠償を求める訴訟を起こしたとのことである。

みかじめ料を巡る民事訴訟の提訴は、2008年の暴力団対策法の改正で暴力団トップの責任が問えるようになって以来、初めてとのことである。此れは日本史上でも初めての事の様だね。


毎日新聞 7月16日(火)15時0分配信
<みかじめ料>返還求め提訴 「暴力団トップに責任」
 指定暴力団山口組弘道会(本拠・名古屋市)の傘下暴力団にみかじめ料を払っていた飲食店経営の女性が16日、「暴力団の威力を背景に財産を侵害された」として、山口組トップの篠田建市(通称・司忍)組長と傘下暴力団組長を相手取り、過去に支払ったみかじめ料など計1735万円の賠償を求める訴訟を名古屋地裁に起こした。2008年の暴力団対策法の改正で、暴力団トップの使用者責任が問えるようになって以来、みかじめ料を巡る民事訴訟の提訴は初めてとみられる。

此れは日本の戦後史にとって大きな一ページとなるだろう。

18.07.2013, 07:42
ヤクザとの戦いに向け日本の人 - ロシアの声
日本の歴史上初めて、一般の市民が、この国の政治や経済に巨大な影響力を持つヤクザ組織のトップを提訴した。訴えられたのは山口組の組長と、その傘下組織の組長だ。
VOR記者は、モスクワ国際関係大学国際研究所のアンドレイ・イワノフ上級研究員に話を聞いた―

「17世紀から、つまりヤクザの誕生から、日本のマフィアは国家に奉仕してきました。有名な博徒である幡随院 長兵衛は、将軍の居城があった江戸に博打場を開きました。彼との勝負で徹底的に負けた人々は、お金を返すために、長兵衛が仕切る城の造営に駆り出され、労働者として雇われました。その後、このやり方は、徳川幕府の管理の下、労働者を雇い入れ、彼らに支払われたお金を国庫に戻す効果的な手段として日本中に広がりました。

20世紀初め、ヤクザの組員らは、有権者の脅迫や買収に携わり、政治的殺人を請け負いました。特に児玉誉士夫のグループは、1936年海軍大将であった斉藤首相を暗殺したとみなされています。その罪で児玉氏は、3年間、刑務所暮らしをしましたが、釈放されてからは帝国陸軍で輝かしい経歴を築きました。1939年から1941年まで、彼は満州で諜報網を統轄、その後上海に児玉機関を作り、そのおかげで彼は、中国の天然資源の略奪、アヘン貿易、武器密輸などで巨額の富を得たのです。

1945年、児玉氏は東久邇首相の内閣参与となりました。そして日本の無条件降伏後は、それまでのあらゆる『功績』により、絞首刑に処せられた東条英機首相同様A級戦犯として米軍により巣鴨拘置所に送られました。」
「A級戦犯だったものの、彼は絞首刑を逃れました。米国諜報部が、彼を刑務所から出し、傍若無人に活動していたヤクザ者をコントロール下に置くよう彼に求めたのです。児玉氏は、この課題を見事に処理しました。彼は又、米国諜報部に委任されたデリケートな仕事も遂行しました。例えば、中国からのタングステンの密輸に関することです。彼は、すべてうまくやったわけではありませんでしたが、米国側は、彼とのつながりに悔いはなかったようです。児玉氏が集めたヤクザのお金が、社会主義者と共産主義者が一つにまとまる脅威に対抗して1955年に自由民主党が作られた際、大きな役割を果たしたとの意見があります。この事は、あるロシアの歴史家の表現を借りるなら、その代償として日本の民主主義が『厳しい掟で縛られた犯罪者の閉鎖的非合法集団』であるヤクザのコントロール下に置かれる事になったとはいえ、日本が独裁国家に転がり落ちてゆくのを救ったと言えるかも知れません。」
ヤクザとの戦いがいかに難しいかは「日本には、地元のヤクザの組長と知り合いでないような議員は一人もいない」という、かつての小泉首相の言葉でも明らかだ。

こういうネタを記事に出来るのは、マスコミでは「ロシアの声」(VOR)だけだな。

暴力団の存在とは正に“体制側の武力”其の物だったのである。

日本は戦後も米英主導の反共主義政策の下、暴力団の威力をフル活用し、共産主義者や社会主義者を弾圧し続けて来たわけである。其の事は、山口組三代目の田岡一雄が著した「山口組三代目 田岡一雄自伝」にも書かれている。彼は無邪気にも己の“武勇伝”として書いているがね。

此の大きな変化は今からちょうど2年前から始まっている。

2011年7月、米オバマ政権がマフィアやヤクザの資産を凍結するなどの経済制裁を科す大統領令を発令したのと連動し、其の3ヶ月後の10月1日には「暴力団排除条例」が東京都と沖縄県でも施行され、同様の条例が全都道府県で出揃うこととなった。

此の日米両政府の共闘は、国内の暴力団員の殆どを失業させるだけの威力を持っていたのだが、此れは日米両政府の戦後の秘密を葬り去るという両政府共通の利益の下に実行されたのだろう。

其れと同時に、TPP発動を目前に控え、ヤクザという名の非関税障壁を完全に排除するという、より現実的な狙いも勿論在ったのだろう。

と言うことは、逆に言えば日本国民がTPPについてどんなに騒ごうと喚こうと、“日本のTPP参加”という脚本は確実に実行されるということだろうね。

此れだけ全てが筋書き通りに進んでいるのだから、TPP参加に断固反対している日本共産党等の政党も思う存分“正義の味方”を演じることが出来よう。戦後の“反共日本”で何故、日本共産党は暴力団に潰されること無く存続し続ける事が出来たのか。其れを考えれば、同党の存在意義が何なのかは自ずと見えてくるという物である。

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